Sa・Ga2 秘宝伝説 第一章 〜秘宝を求めて〜



一行は、神殿の北、谷のすぐそばに位置する町に向かっていた。
その中には、厚ぼったく動きにくい神官衣を脱ぎ、すっかり旅支度を整えたカイが加わっている。
彼女は、意外にも、青銅製のメイルを身に着け、錫杖と盾で武装していた。
その上に略式の神官衣を羽織り、パッと見では旅の巡礼者といった風情である。
カイがこの格好で姿を現した時、一行は揃って度肝を抜かれたものだ。
「カイ様、町に到着ですよ」
 アイリが後ろを振り返ってそう告げると、
「カイで構いません。そんなふうに畏まっていると、何事かと思われますよ」
 その言葉に、はあ、そうですかと間の抜けた返事をする。
谷にほど近いこの町は、入り口である南側以外は、高い壁に囲まれている。
同時に、北側には堀まで存在し、城砦都市か何かかと思われがちだが、実際は違った。
なぜこんな場所に町を作ったかは不明なのだが、この町は、度々、土石流による被害を受けており、
モンスターよけの意味も含めて、何度もこの壁は、高く、丈夫に作り直されてきたのである。
壁の内側に土嚢を積んで補強しているのは、土によって苦しんできた経験からの知恵だ。
そんなことをマツノが説明しながら、情報収集も兼ねて町を見回る。
その間、カイの瞳は生き生きと輝いており、神殿では見せなかった人間らしさ、
すなわち生気や温かみといった表情が見え隠れしていた。
また、神殿にいた時と比べて口数もぐっと増え、意外にも、彼女は明るい女性の雰囲気を身に纏っている。
やはり、こちらが本来の‘カイ’そのものの人格なのだろう、とマツノは判断した。
彼女は、息の詰まる神殿の外に出たかったのではないか、という想像が脳裏をよぎる・・・
否、この場合は人工知能が予測を算出する・・・となるのか。
そんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら、今度はアイリがカイと会話を弾ませているのを見詰めた。
二人は、八百屋の前で果物を物色しているようだ。
その様子を見て、食は万人共通の娯楽だな、などと当然のことを改めて認識する。
こんな時、食事の必要がない自分は、彼女たちとは違う存在なのだ・・・と実感するのだった。

「ここが、アシュラの基地か・・・」
 基地、というからにはもっと大きく派手なものを想像していたのだが、
そこは意外にも、それほど広くはなかった。イシスの神殿のほうがよほど大きい。一行は、そう思った。
「あんまり、でっかくねーな。基地っていうから、もっとこうグワーッと・・・」
「それだけ、逃げ場がないってことね。素早く行動しないと、アッという間に狭い場所に追い詰められてジ・エンドってとこ  かしら」
「怖いこと言うなよ」
「単に、それほど重要な拠点ではない、というだけではないか?」
 口々に感想を言い合った後、いよいよ侵入なのだが・・・
普通の奴は入れないと聞いた割には、あっさりと入り込むことができた。
「普通の奴は入れないって聞いたんだけどなぁ・・・」
「恐らく、モンスターか、秘宝を持っているか・・・というところでしょうね」
 カイがあの時口ごもったのは、そのせいだったのかと理解した。
秘宝のことを口に出していれば、否応なくアシュラとの戦いに一行を巻き込むことになるからだ。
会話が途切れ、改めて様子を観察する。基地の中は、かなり奇妙な作りをしていた。
そこら中に、無造作に樽や箱が配置され、透明な四角いガラスか何かに文字や絵が映し出されている。
「なんだ、この四角いガラスは?」
 窓というわけではなさそうで、コツコツと叩いても何の反応も示さない。
「それは・・・モニターというものね。古き神々の時代の技術で、
 どこか別の場所から映像・・・絵や文字を送ってそれに映し出すものよ」
「・・・サッパリわからん。便利そうではあるな」
「そうね・・・でも、私たちの姿が映ったら大変だわ。サッサと行きましょう」
 なぜ大変なのかは解らなかったが、その言葉には賛成で、その場を離れることにした。
「敵が物陰に隠れているかもしれません。気を付けて・・・この無造作に置かれたもので死角を作っているのかも」
「確かに、物陰に潜んで待ち伏せするには、丁度いい配置かもしれんな」
 渚が納得して相槌を打った。だが、警戒していたのも無駄と言えた。
見回りでもしていたのだろう、武装した集団と鉢合わせてしまったのだ。
相手のいでたちは、渚の服装と酷似していて、大江戸の流れをくむことが覗える。
だが、その手に握られているのは、ごく普通のロングソードのようだ。人間は3人。
渚の言うところによると、足軽という下級の武士らしい。それに、奇妙なキノコに似たモンスターが5体、大きな蛙が1体。
一行にとって、初めての大集団との戦いだった。
足軽たちのモンスターへの指示は正確で、モンスターたちは前衛の二人を無視して後ろの三人に踊りかかっていく!
ブロックしようにも、アイリと渚は、足軽3人によって釘付けにされてしまった・・・

「チッ!数の暴力ってやつかよ!タチ悪いぜ」
ロングソードでがむしゃらに斬りかかってくる攻撃を捌けても、
足軽の衣服が剣身に絡み付くせいで、アイリの攻撃も、手傷を負わせるに至らないのだ。
「くそっ! 斬りじゃラチがあかない!」
 気が短いのは、アイリの致命的な欠点のひとつだ。
その瞳に、一瞬で殺気がこもる。次の瞬間、レイピアの一撃が、猛スピードで繰り出される!
・・・が、偶然にも、その攻撃は、見当違いの場所をガードしようとした足軽の、ロングソードの鍔に直撃した!
ピシッ、と嫌な音が響く。
何が起きたのかは、見なくても理解できた。レイピアの剣身に、ヒビが入った音だ。
レイピアは、もともと丈夫には作られていない。
本気の力で突いたものが固い部分に当たれば、折れないまでも、そうなるのは必然の結果と言えた。
さらに、アイリはまだ、その動揺を完全に隠すには、戦士として未熟過ぎた。
咄嗟に剣身に視線を走らせ、狼狽の色を顔色として面に出してしまったのだ。
有利な状況を悟ったのか、勢いづいて力任せに振り回される剣を、かわし、胸当てで逸らす。
だが、胸当てに当たって攻撃が逸らされる度、衝撃と振動がアイリの体力を奪っていく・・・

 渚は、左手の刀で脇をすり抜けようとする足軽をブロックする。同時に、右手の刀で向かい合っている相手を牽制した。
こちらは、アイリと打って変わって静かな戦いとなっていた。
常に立ち位置を変えて足軽をブロックし、後ろの三人には絶対近寄らせない構えだ。
しかし、そのため、思いきった攻撃に出られないのも事実で、戦いは膠着状態に陥っていた。
さらに、ひたすら立ち位置を変えブロックし続けるには、絶えず大きく動かねばならない。
そして、渚がこの二人に劣っているものがあるとすれば、それは体力に尽きるのだ。
「くっそー!調子に乗るんじゃねぇ!」
 突如起こった忌々しげなアイリの声に、一瞬だけ視線を走らせると、どういうわけか防戦一方のアイリがそこにいた。
この出来事をきっかけに、二つの変化が訪れた。左側の足軽が、アイリ側に注意を払わなくなったこと。
逆に、右側の足軽が、アイリに意識を逸らしたことだ。次の瞬間、それを見越した渚が、意外な行動に出た。
正面の相手を無視し、左側の足軽の、さらに向こうへ回り込んだのだ。足軽の三人が、揃って意識をそちらに向けた!
アイリが、そのスキを逃すはずもない。レイピアが折れる音と、足軽の喉から血が噴出す音が唱和する!
「どこを見てる!」
 左側に動いた渚と、右側で起きた仲間の死。
絶妙の時間差で起きたこのフェイントで、足軽の意識は左右で揺れ動いた!
集中力を欠いた戦士など、ただの雑魚に過ぎない。
今回ばかりは手加減する余裕もなく、足軽の右手首と頭が、続けざまに地面に転がり床を真っ赤に染め上げていた・・・

戦士二人が壮絶な戦いを繰り広げている中、後ろで起こったモンスターとの戦闘は、あまりにあっけなく終わっていた。
サブマシンガンから薬莢が大量に吐き出され、モンスターたちはあっという間に一掃されてしまったのだ・・・
唯一残ったガマに至っては、深雪が必要以上に放った矢により武蔵坊弁慶よろしく、体中に矢を受けて倒れ伏していた。動物好きの彼女も、さすがに、大蛙は受け入れられなかったようで、狙いも定めず、
矢がなくなるまで狂ったように矢を撃ち続けていた・・・

「皆、無事ですか?」
 後ろから声をかけてくるカイに、心配ない、とアイリが返す。
小さな傷をいくつも負ったアイリと渚をカイと深雪で治療していく。
それと同時に、カイは深雪の魔力の高さに目を見張っていた。
カイの回復の魔力には到底及ばないが、他の魔法を使わせたらほぼ互角だろう、と判断し、
彼女が『一切 魔法を使えない』ことに、逆に驚いてしまう。
回復のスペシャリストであるカイならでは見識だが、深雪のケアルは魔法ではないと思えるのだ。
それもそのはずで、深雪のケアルは、正確には‘ヒーリング’というESPだった。
「それにしても、さすがに敵の拠点だな・・・もっと慎重に進まねば」
 渚の言葉に、一行は深く頷く。
それからは、時折通りかかるモンスターたちをやり過ごしては不意打ちするという手段を用い、順調に先に進んでいった。
渚だけは、この方法を実行するたびに「卑怯者のすることだな」とぼやいていた・・・
「しかし、意外なほど敵が少ねえな。あまり重要じゃないってのは、本当かもしれない」
「案外、こちらの動きが筒抜けで、今ごろ神殿を襲撃しているとか・・・」
「それはないでしょう。アシュラの目的は私ですから」
 きっぱりと言い切ったカイに、何やら引っ掛かりを感じるのだが、それが何なのかはわからない。
「モンスターよ!すぐそこの部屋に隠れましょう」
 その言葉でアイリは思考を中断し、素早く部屋に入った。
そこは何やら武器庫のようで、そこかしこにロングソードやレイピアが積まれていた。
「おっ、ラッキー。これでレイピアが使えるぜ」
 他にも何かないかと思ったが、せいぜい劣悪なロングソードやサイズの合わない防具ばかりで、
結局、手に入ったものといえば、黄金色に輝く高品質の篭手が一組だけだった。
「ところで、これは何かしら?」
 マツノが引っ張ったのは、長さ2mほどの棒・・・ではなかった。
長い柄の先に、斧頭の付いた斧・・・バトルアクスだ。
女性としては、比較的 背が高いほうであるアイリや渚ではあるが、さすがにこれを振り回すことは無理だと思えた。
その重さを考えればなおさらだ。ところが、マツノはそれを片手で弄んでいた。
相変わらずの腕力に、一行は呆れかえるだけなのだが、カイは心底驚いた様子だ。
それでも平静を崩さないのは、さすがといったところか。
「格闘用に持っていくことにするわ」
 単純に振り回すだけの武器ということで、マツノは気に入ったらしい。
これでライトセーバーのバッテリーを無駄にしなくてすむ、と喜んでいる。
常識的なようで、最も常識外れなのはコイツかもしれない、とアイリは考えていた・・・


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