Sa・Ga2 秘宝伝説 〜秘宝を求めて〜
「この壁・・・岩山とか周囲の風景そっくりに塗装されているわ」
「つるやツタが壁に絡まっているな。コケも生えている。遠目に見ても、岩山か建物か、区別が付かんだろう」
「近くに来ても、岩山に戻って来たと思い込む・・・」
「真に恐るべしは、天然の防壁ってことか・・・」
「むしろ、心理的・視覚的な隠蔽工作ね」
口々に感想を言い合うと、入り口へと向かって行く。何気なく階段に足をかけるアイリに、マツノからの警告が飛んだ。
「ストップ! ここは古き神々の遺跡なのよ?!どんなトラップが仕掛けられているか分からないわ・・・慎重に進まないと」
「入り口にトラップを仕掛ける馬鹿はいねーよ。自分で玄関を塞いで、ここの主はどうするんだよ?」
そう言って、ずんずん中に入って行ってしまう。これは、自分が先頭を歩いたほうがいいな、とマツノは思った。
彼女からすれば、その考えはナンセンスだ。古き神々の遺跡には、ガードセキュリティというものがある。
現在の概念は通用しないのだ。その旨を伝え、マツノが先頭に立つと、アイリは不服そうだった。
リーダーは先頭に立って、常に皆の矢面になり仲間を守るものだと思っている。
マツノと渚からすれば、リーダーが最前線に立つなど愚の骨頂でしかないのだが。この場合は、どちらも不正解だろう。
マツノや渚の考えは、『戦略的』な考え方であり、アイリの考え方は理想論でしかない。
小人数での行動では、状況に適した技能を持つ者が先頭に立つのが常道だ。
もっとも、今回は、索敵とトラップ発見の能力が重視されるため、マツノが先頭で正しい。
「なあ、これって・・・もとトラップなんじゃねーの?」
よく見ると、すぐそこの壁にボタンがある。本当に注意して見ないとわからないが、すでに押されているようにも見えた。
「そうね・・・誰かが解除した後?」
だとすれば、無駄足ということになる。
「もう、何者かが秘宝を持ち出しているんじゃないか?」
トラップが解除されているとなれば、その確率は高い。
「いや、だとすれば‘精霊の鏡’は反応しないだろう。途中で力尽きたんじゃねーか?」
「もしくは、強力な守護者がいるってことね」
「我々は、一歩遅れて到着したのかもしれんな」
どれも、あまり考えたくはない可能性ばかりだった。
「部屋があるわ」
一斉に、気を引き締めた。
「探ってみるか・・・トラップは・・・ないな。マツノの専門のほうは・・・ないか?
んじゃ、突入するぜ。おりゃあ!」
アイリは勢い良く扉を蹴り開けようとするが、それ以前にドアが傷んでいたのか、盛大に蹴り破ることになってしまった。
「やれやれ、もう少し丁寧にできんのか?・・・ん?何か落ちているな。これは・・・野営の跡?!」
「コイツは・・・ムチか。野営の跡も、真新しいな・・・こりゃ、急いだほうがいいぜ!」
どうやら、何者かが、つい最近に出入りしたようだ。
しかも、‘精霊の鏡’が反応したということは、まだ秘宝はここにある、ということだろう。
先を越されるわけにはいかない。もしかしたら、父その人が、ここにいるかもしれない。
一行は、はやる心を抑えつつ、迅速かつ慎重に歩みを進めていった・・・
どれくらい進んだだろうか?
いくつかの小部屋に分かれ道、遺跡の特異な構造が、一行の感覚を狂わせている。
その際、妙な台座らしきものがいくつか見つかったのだが、
問題は、そこに安置されていたであろう何かが失われていることだ。
恐らくは 秘宝があったであろうその場所に何もないところを見ると、
ここに何者かが入りこんで秘宝を回収していったのは、もはや疑いようがなかった。
中には、凄絶な真新しい血の跡もあり、恐らくはトラップの犠牲になったのだろう。
罠を調べてみても、複雑で、自分たちが解除できたかどうかは怪しい。
無駄足と引き換えに、自分たちは命をとりとめたのかもしれない、と、なんとなく一行は思い始めていた。
「さて、この部屋に入るしかなさそうだな」
「んじゃ、行くぜ。おりゃあ!」
扉を開けると、そこには、今まさに、台座から何らかのオブジェを持ち出そうとしている二人組みの男がおり、
その目が同時にこちらを向いた。その瞳に敵意らしきものはなかったが、すぐさま奥へと滑り込んでいってしまった。
その行動はあまりに早く、話しかける暇も、呼びとめる間さえ与えてはくれなかった。
「誰か来たぞ・・・とりあえず、秘宝を持って退散しよう」
そう小声で呟いたのを、かろうじてマツノが拾えた程度だ。
「あっ、待てよ!逃げることはないだろう!」
行動が素早いのは、アイリも同様だった。飛び出すようにして追いすがり、ドアを開ける。
すると、男たちはちっ、と舌打ちをして、すぐ向かいのドアを見やった。
しかし、そのドアを開くことなく、奥の通路へと消えていった・・・
「ここは?!」
「わかんねぇ!二人は奥へ行った!」
アイリは、すぐにでも二人を追いたかったが、渚に呼び止められてしまう。
「待て! お前とマツノは、そっちのドアを調べろ!彼らは私が追う!」
言うが早いか、すでにトップスピードで走っていく渚を止める術はなく、深雪も渚を追いかけていった。
意外なことに、深雪の脚は、渚にも劣っていない。
「チェッ、しょうがねーな。 マツノ、トラップ調べようぜ!」
アイリも、決まった事項を行動に移すのは早かった。
幸い、ドアには罠の形跡はなく、勢い込んで入ったドアの向こうには、何か大事なものを安置するように、
台座の上に鎮座している奇妙なオブジェがある。
「これが・・・秘宝、か? ヘンなものにしか見えないけどなぁ」
罠を警戒して手に取りはしなかったが、台座に乗っているものをまじまじと眺めた。
それは、ちょうど滴のような形をしていて、透き通った何らかの鉱物の中に、赤い宝石らしきものが入っている。
その様子は、学校の書物で見た、化石としての琥珀によく似ていた。
「とりあえず、罠はなさそうだよな」
ザッと見ただけだが、そう思えたので、恐る恐る手を伸ばす。
罠が発動した気配はなく、それは、これまでのトラップ痕が嘘のように、あっさりと手の中に収まった。
マツノと手分けして調べてみたが、この部屋に罠らしきものは一切なく、
似たような形の‘秘宝’があと二つほど安置されていただけだった。
違ったことといえば、それらの宝石が、それぞれ赤、茶、緑であったことぐらいか。
「秘宝って言うから、もっと凄いもんかと思ってたんだけどな・・・」
「凄いどころじゃないわ・・・」
マツノは、先ほどから‘秘宝’を手にして見比べ、考え込むように天井を仰いでいた。
アイリは、経験から、彼女がデータベースと‘秘宝’を比較しているのだと理解する。
「これ・・・この世界に現存する鉱物のどれとも一致しない・・・未知の物質で作られている」
「なんだって?! ・・・いや、古き神々の遺産だからな、当然かもしれない」
逆に、秘宝がただの『ヘンなもの』でなくて良かった、と喜んでいた。
「まあ、何にせよ、先に渚たちと合流しようぜ。渚はともかく、深雪が心配だ」
一方、渚たちは、男たちの姿を見付けたものの、まったく追いつけずにいた。
それどころか、ついていくのが精一杯といった状態で、とても彼らを呼び止めるなど無理と思えた。
だが、突然、彼らが立ち止まったと思いきや、こちらを振り返る。
「早く、ドアを開けろ」
そんな声が耳に飛び込んできた。どうやら、ドアを開けるのに手間取っているらしい。
だが、渚たちが追い付かんとしたその瞬間、彼らはドアを摺り抜けるように向こう側へ行ってしまった・・・
「追い着けなかったか・・・ くっ、ドアが開かない!
奴ら、開けるのに手間取っていたのではなく、開かなくなるように細工していったな!」
さすがに、いくら渚でも、目の前のドアを切り裂いて進むのは不可能に決まっている。
深雪のESPでも、それは無理というものだろう。これは、どちらかといえば、魔法の分野だ。
アイリたちを置いて独断先行するわけにもいかず、結局、彼女らを待つしか選択肢はなかった。
しかし、渚には、どうにも気になることがあった。
自分たちが追い着くまでの、たかだか数秒程度で、ドアに細工などできるものだろうか?
それができるとしたら、どんな技術の持ち主なのだろう。
逆に、追い着けなくて良かったのかもしれない、と思っておくことにした。気休めだ。
念のため、ドアに耳を着けて物音を探ってみたが、静かなものだった。
もしかしたら、防音がなされているのかもしれない。
「深雪、何かわからないか?」
そう訊ねても、彼女は青い顔で首を振るだけだった。
「なぎさー、そんなとこにいたのか」
想像していたよりも早くアイリたちがやって来た。
「待ってたのか? 追っちまって良かったのに」
「いや・・・ドアが開かない。細工されたようだ」
「そんなことまで、しやがったのか・・・なんなんだ、アイツら?」
その会話の間、マツノがドアを調べていたが、すぐにこちらに向き直った。
「ダメね。壊したほうが早そう」
そう言って何やら作業をしていたが、一度作業を止めると、腰から筒のようなものを取り出した。
彼女が何か操作をすると、その筒から光が一直線に伸び、ちょうど剣くらいの長さになる。
それをドアの隙間に差し込むが、逆にドアの隅を削ってしまっていた。
そのままぶんっ、と振るうと、ドアの一部が完全に消滅し、ドアノブは融解したように歪んでいる・・・
「・・・なんだそりゃ。ひでえ威力だな。 無茶苦茶やってねーか?」
「これは、ライトセーバーという武器なんだけど・・・バッテリーの予備がないから、あまり使いたくないのよね」
これではライトセーバーというよりビームサーベルに近いと思うのだが、
そんなことをアイリたちが知る由もなく、その威力に驚嘆するのみだった。
「このドアは、もう使い物にならんな・・・」
もう、追い駆けても無駄だと解っている彼女たちは、男たちに持ち去られた秘宝は諦め、
次の目的地をどうするか考え始めていた。もともと、アイリの父親を探すために秘宝を追っているだけの彼女らにとって、秘宝を集めることは『ついで』に過ぎないのだから。
しかし、次の瞬間 彼女たちの目に飛び込んできた光景は、凄惨なものであった。
先ほどの男たちが、全身を真っ赤に染めて倒れ伏している。
それは、どう見ても死んでいるか、まだ息はあったとしても、助からないことは誰の目にも明らかだった。
「おい、オレの声が聴こえるか?!」
アイリは男の傍らに膝を着いて話しかけ、深雪はケアルの準備を始めた。しかし、ケアルは傷を癒し、生命力を『増幅』するだけに過ぎず、命そのものが燃え尽きかけている体に生命力を与えることなど、できはしない。
「き、君たちは誰だ・・・」
男は、意外にもはっきりとした声でアイリの言葉に応えた。だが、それは、消えゆく直前の蝋燭を彷彿とさせる・・・
「オレたちは、秘宝の噂を追って来た、ただの通りすがりだ。 いったい、あんたに何が起こった?」
アイリは、あえて『何者だ』とは尋ねなかった。男の言葉が遺言になるだろう時に、
そんなことを訊いても何もなりはしない。
「わ・・我々は、ガーディアン。アシュラの手から秘宝を守りに来たのだが・・
逆に、アシュラの手下に秘宝を奪われてしまった・・・」
それだけ言うと、男は沈黙してしまった・・・
「こ、こっちへ来てくれ・・・」
別の方向から声が聴こえる。見れば、もう一人の男が身を起こし、こちらを見ていた。
「君たちは、あそこで、秘宝をいくつか手に入れたはずだ・・・頼む。それを、アシュラの手にだけは渡さないでくれ」
そう言って、懐から何かを取り出し、差し出す。
渚がざっと目を通すと、それは‘マギ’という名の秘宝の見分け方が記されていた。
どうやら、中心の宝石の色で区別するようだ。
「マギの使い方は簡単だ・・・身に着けて、念じればいい。
秘宝をひとつでも持っている限り、アシュラは、君たちを見逃しはしないだろう・・・
アシュラの手下に襲われた時は、その力で退けるんだ・・・だが、使い過ぎると・・・」
しかし、その先を続けることはできず、血の塊を吐き出すと、男はそのまま崩れ落ちた・・・
一行は、重苦しい沈黙に包まれたまま、再び森へと踏み込んでいた。‘ガーディアン’と名乗った男たちは、
結局、その場に埋葬するしかなかった。深雪の神官としての初仕事は、彼らの葬送となってしまった・・・
だが、村で長い時間をともに過ごした者を送るよりは良かったのかもしれない。
「さて、問題は、これからどうするかだ・・・」
森を抜けたところでキャンプをしつつ、アイリがそう持ちかけた。
「まず、アシュラと友好的に接することは不可能。これは確かでしょうね」
「我々が秘宝を保持している以上、敵対関係になるのは必然だった・・ということだな」
「しかし、これで振り出しに戻っちまったなぁ」
「とりあえず、北の谷に行ってみましょう。ついでに、カイ様に助言をもらいに行くのもいいかもね」
「それしかない、か。ところで、深雪には、何も考えはねーのか?」
が、深雪は、黙って首を振るだけだった。彼女の寡黙さは、明らかに、一行の重苦しい雰囲気に拍車をかけている。
そうか、と適当に返事をしながら、アイリは、深雪を連れて来たことを半ば後悔していた。
アイリがもう一度深雪を見ると、彼女はあからさまに目を逸らしているのが判る。
(コイツはいったい、なんなんだ)
そんな事を考えながら、見張りをマツノに任せて、寝袋を頭から被ってしまった。
父親、秘宝、アシュラ、ガーディアン、一癖も二癖もある仲間たち・・・
彼女の頭の中には、解決しなければならないことが、次々と浮かんでは消えていった・・・
翌日、予定通りカイの元を訪れた一行を、彼女は微かに微笑みながら出迎えてくれた。
相変わらずカイの美しさは際立っており、フェアリーが騒がしいのも、傍らに老神官が静かに控えているのも変わった様子はない。お互いに挨拶を済ませると、カイはすぐに本題を切り出してきた。
「どうです・・・何か、わかりましたか?」
「ああ。確かに遺跡はあったし、秘宝もあったよ。
だが、ガーディアンって奴らに先を越されたあげく、その秘宝はアシュラの手下に奪われちまった・・・」
それを聞いたカイの顔色が、一気に蒼ざめた。
見れば、老神官も、フェアリーでさえも血の気を引かせ、深刻な表情でこちらを見詰めている。
「そう、アシュラの手下が秘宝を持ち去ったのですか・・・それで、あなた方は、これからどうするの?」
アイリは、ひとしきり考える。このままアシュラを放っておくわけにもいかないだろうが、相手は魔王とまで言われる輩。
自分たちがどうこうできるような問題ではない。
「奪われた秘宝は、どこにあるんだろう?」
アイリは、何気なくそう口にした。すでにアシュラのもとへ・・・というのは有り得ないだろう。
まだ、あれから一日しか経っていないのだ。
「おそらく、北の谷にある基地に、一時的に保管されているでしょう。ただ、あそこには普通の人間は入れません。
モンスターか、あるいは・・・」
カイは、そこで言葉を止めた。しばらく待ってみても、カイがその先を続けることはなく、
彼女は何かを思案するように俯いたままだ。
「私たちは、秘宝を追って他の世界に行こうと思っている・・・
だが、聞いた話によれば、アシュラの基地が道を塞いでいて天の柱には近付けない、と」
「ええ、アシュラは狡猾ですから。いずれは、この神殿を攻める前線基地となるのでしょう」
「いずれにせよ、問題はアシュラの基地というわけね・・・」
マツノがそう呟くと、アイリは決心したように顔を上げた。
「私たちは、これからアシュラの基地に行きます。
アシュラを放っておくわけにもいかないし、どのみち、基地をどけないと先に進むこともできないしな」
渚が、やれやれといった感じで肩をすくめて見せた。彼女には、こうなることは予測済みだったらしい。
マツノも非常に人間らしい仕草で溜め息をついた。
「んじゃ、方針も決まったことだし、オレたちは北へ行きます。また何かあったら、報告に来るんで・・・」
だが、その言葉を最後まで言うことはできなかった。
「待ちなさい」
カイが、そう言って言葉を遮ったのだ。
「私も一緒に行きます。この世界をアシュラの手から守らなくては・・・」
この言葉に、その場にいる全員の目が点になっていた・・・