Sa・Ga2 秘宝伝説 序章 〜伝説は始まる〜
「やあ、待ってたよー」
そう言って、ユメリアは軽やかにアイリを出迎えた。
「で、用事って何だよ」
「冷たいよ、アイリ。もうちょっと・・・」
「ここにいるとコワイ思いするからな。渚もうるさいし、早くしてくれ」
アイリがそう言うと、ユメリアはしゅんとした表情になってしまった。
「ホントに行っちゃうんだね。さびしいな。・・・ま、仕方ないよね。とりあえず、こっち来て」
確か、あっちは‘らぼ’とかいう場所だった気がする。
あそこに入るとロクなことがないんだよなー、などと懸念しながら彼女の後に続いていく。
そこに入ると、アイリと生き写しの少女が、他ならぬアイリ自身を出迎えた。
「げっ!なんだこりゃ?!」
そう驚くと、ふんぞり返ったようにして胸を張るユメリア。
「ふふん、私の研究成果、‘ろぼっと’ってヤツよ。
名前は‘マツノ’。正式名称は『Matchless tutelaries No.0』まあ、プロトタイプってとこね」
「・・・また、とんでもないもん作りやがって・・聞いてやるよ。名前の意味は?」
「よくぞ聞いてくれました。‘比類無き守護神’どう、イカすでしょ?」
「・・・比類あったら名前負けだな。で、使い方は?」
この手の会話に慣れているためか、アイリは冷ややかである。
「『使い方』なんて言ったら、この子泣くよ。擬似感情回路積んでるんだから」
『擬似感情回路なんて言われても 全然わかんねーよ』という言葉を、アイリは必死で呑み込んでいた。
そんなことを訊いたら、恐らく、延々と講義が続いてしまうだろうと判断してのことだ。
「まあ、全身にスロットというかコネクタがあって、いろんな武装を追加できるから便利よ。
今のところ、小銃と小機関銃、それから格闘戦用の剣ってとこね。それしか手に入らないし」
「メチャクチャ物騒じゃねーか!」
どこらへんが守護神なんだ、破壊神の間違いだろう と心の中だけで毒づいておく。
「ただ、ちょーっちコネクタの量産が間に合わなくてね、7個しか武器を積めないの。注意してね」
『しか』というレベルではないような気がしていた。
「なんで、こんなモン作ったんだよ。しかも物騒だし」
そう訊くと、ユメリアは悲しそうな表情になる。
「なんでって・・・アイリ言ってたじゃん、いつかお父さんを探しに行くって」
不意打ちだった。
アイリの知っているユメリアという少女は、あくまでキカイマニアで、単に趣味で作ったのだと決め付けていた。
実際はそうではなく、いつかアイリが旅に出た時、万難を排除できるようにと、こんなものまで作ってくれていたのだ。
そう思うと、彼女にとって、自分が如何ほどに大事な友人であったのかが理解できた。
「このユメリアさんの傑作だもん、役に立つって。この子、連れて行きなよ」
「わかった、そうする。もし壊しちまったらゴメンな」
「そん時は、修理に・・・戻って来ないんだよね。お父さんを見つけるまでは」
「大丈夫、捨てたりしないって。しばらく、修理が先延ばしになるだけさ」
「うん、そうだね。大事にしてやってよ」
「ああ、大事な仲間だよ」
そう言うと、ユメリアは満面の笑みを浮かべ、素早くアイリに顔を近付けた。
次の瞬間、バコッ!という音とともに、ユメリアが後ろに吹っ飛ぶ。
「だあぁ!油断も隙もねー!オレぁ口は悪いが、そっちの趣味はないっつってんだろ!」
「ううっ、せめてお別れのキスくらい・・・」
「ざけんな!オレはもう行くからな!マツノ、行くぞ」
「イエス、サー」
「オレはサーじゃないっつーの!」
「そうですか?そういう言葉遣いをするのは、男性だけかと思っていました」
「じゃあ、改めろ!」
「・・・データを書き換えておきます」
「いってらっしゃーい、うちのマツノちゃんをよろしくねー! あ、あと 旅先で彼氏なんて作っちゃ嫌だよー」
アイリは、その声を背後に聞きながら、この会話ともしばらくお別れだ、ということを噛み締めていた・・・
そう、しばらくのお別れだ。永遠なんかじゃない・・・自分に改めて言い聞かせた。
「ところでさー、アンタ いつ起動したの?」
ふと疑問に思い、Ma-Tu N.0・・‘マツノ’に訊ねてみる。
「最初からですよ。ラボにいたのは、家庭用の設定を護衛用にチューンし直されていたからです」
ロックマンと同じ設定なのだが、そんなことをアイリが知る由もない。
ふーん、と納得して渚の家に向かう。
渚の家に到着すると、彼女は既に旅支度を整え、玄関前にたたずんでいた。
「・・・遅かったな・・・ っ?!」
普段は冷静な彼女も、さすがに アイリが二人いるような状況には目を剥いていた。
彼女にしては珍しく、困惑の表情で二人・・正確には、一人と一体を 交互に見やっている。
「どういうこと?」
いつもの男言葉が消え、ややトーンの上がった声でそう訊ねる渚に、
「あー、コイツはユメリアの造ったロボットだ。名前はマツノ。本名は長いから省略する」
「いきなりロボット扱いだなんて・・・お姉ちゃん酷いです」
この発言には、アイリも頭を抱えてしまった。
しかも、拗ねたような表情まで作っているのを見ると、逆に、あまりの出来の良さに嫌気がさしてくる。
「オレは、ロボットの妹を持った覚えはない!」
「はあ・・・ですが、一応、そう呼ぶように設定されていますから・・・」
「変えろ!やっぱアイツは悪趣味だ・・・」
「あの・・・この容姿に違和感がないように と設定されている事項なのですが・・・よろしいのですか?」
容姿に違和感がないように・・・
確かに、二人は完全に生き写しなのだから、双子ということにしておくのが無難かもしれない。
「却下!名前で呼べ!」
だが、アイリにはそんなことは関係なかったようだ。
「なんだなんだ、騒がしいなぁ・・・」
「あ、おじさん・・・」
気が付けば、そこには、渚の父がいた。
彼女の剣の師匠で、かなりの腕前らしいが、最近は、渚に追い着かれつつあるとぼやいていた。
「おや アイリちゃん、その格好は旅にでも出るのかな?」
「はい、ちょっと・・・」
父を探しに行く、というのは伏せた。
強い決意は 口に出すほど軽くなるものだ、というのが母の教えだった。
「・・・渚も行くのか・・・ 言って聞く性格じゃないしな・・しょうがねえ、行ってこい」
渚は、返事はしなかった。代わりに、深く一礼しただけだった。
彼女は、黙って出て行こうとしていたのだろう。そこまでして、アイリに付いて行こうとしていたのか。
しかし、如何なる意図があってそうするのか、アイリには理解できていなかった。
「そうだ、コイツを持っていきな」
そう言って懐から取り出したのは、小さな瓶のようだ。
確か、ポーションという、即効性のある傷薬だったはずだ。
「有難う」
渚は、厳かにそれを受け取ると懐にしまい込んだ。
親子は それ以上言葉を交わすことなく、やがて娘は親に背を向け 歩き出した・・・
「どこ行っちまったんだ?深雪は・・・」
三人は、一度深雪の家を訪ねたのだが、彼女はまだ帰宅すらしていなかったのだ。
「やっぱり、アイツに旅は無理だよ。三人で出発しようぜ」
アイリは そう何度か提案したのだが、渚は頑として聞かなかった。
「深雪のことだ、まだ決心が着かないだけだろう。置いて行ったりしたら、後から一人ででも追いかけてくるぞ」
とまで言われてしまっては、さすがのアイリも諦めざるを得なかった。
しかし、出発が 当初の予定よりも遅れに遅れているだけに、アイリのイライラはつのるばかりだ。
「いったい、どこにいるのでしょう・・・ あっ」
もう 村の外れにまで差しかかったころ、林の中にいる深雪をマツノが見付けた。
アイリも渚も視力には自信があるが、ほとんど点にしか見えない。
まるで望遠鏡だな、と二人は同時に考えていた。こんなところは気が合うのだ。
「深雪・・・」
近寄って声をかけたのは渚だ。
アイリとマツノは、若干距離をおいて二人を見ていた。
竹を割ったような性格のアイリにとって、深雪という内気な少女に どう接して良いのかわからないのだ。
それにしても、鳥やら犬やら猫やら、深雪の周囲には呆れるほど多くの動物が集まっていた。
人間には 自分から近寄ることはほとんどないくせに、動物なら野犬でも平気で撫でられるのか と言いたくなる。
だが、それが彼女を‘物静かで神秘的な美少女’に仕立て上げているのかと思うと
どんなことでも良し悪しだな、と思うしかない。
「何をボサッと突っ立っている。行くぞ」
どうやら、アイリが考え事をしている間に 説得は終わったようだ。
その足で、四人は深雪の家へと向かった・・・
「よしっ、終わったみたいだな」
到着してからは、意外と早く深雪は家から出てきた。
「さて、早く出発しよう。このままでは、外の世界に出る前に日が暮れてしまう」
渚の言葉を合図に歩き始めると、後ろでドアが開く音が聴こえた。
その音に振り返ると、やはり深雪の母がひょっこりと顔を出していた。
「深雪! どっか出掛けるのかい?」
やはり、深雪は、家族に黙って家を出ようとしていたのか。
アイリは この状況をどう説明しようかと思い悩むが、
すっかり旅支度の整った四人の姿を見て、ちょっと遊びに行くのだと思う者はいないだろう。
「ごめんなさい・・・」
小さく呟いた深雪の言葉を、母はどう受け止めたのだろうか?それは、誰にも解らないことだった。
ただ一言、
「夕飯までには 帰って来るんだよ・・・」
それだけ声をかけ、深雪の母は家に入っていった。
たとえ、娘がその言い付けを守ることはないと 解っていても・・・
「さて、予定より随分と遅れちまったけど、出発といきますかねー」
深雪の家を後にしてから、一同の足取りは重くなっていた。
そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、アイリは 明るく声を張り上げる。
「・・・ところで、あれは何だと思う?」
村の入り口付近に どかっと陣取った集団がいることなら、先ほどから全員が気付いていたことだ。
しかも、見知った顔ばかり。もちろん、学校の友人一同である。
「あ、来た来たー!」
「なんだよ、遅いぞー。出発は明日かと思ったぜ」
まるでお祭り騒ぎである。
厳かに出発しようと思っていたアイリ(と渚)は、思わず額に手を当ててしかめ面を作った。
しかも、その中には 先生も混ざっていた。
「みんな 早く帰ってきてね!」
切り替えの早いアイリは、それに笑顔で答えた。
「外の世界では 何かが起こってる」
渚が、神妙な顔で頷いた。
「お父さんを探しに、かぁ。アイリも大きくなったんだね」
しみじみ呟くお姉さん役の人は、自分が見ているのがマツノだとは気付いていないようだ。
「北の洞窟を抜けると 外の世界だ。気を付けていくんだぞ」
頼れるお兄さんだった人は、ここぞとばかりに深雪の手を握っている。顔がにやけているのは、錯覚ではないだろう。
やがて、先生が前に進み出る。四人は、誰からともなく その前に整列していた。
「いよいよだな・・・ まず、北の洞窟を抜けて町まで行くといいだろう。
町ならば 何か知っている人がいるかもしれん」
「ハイ! 行ってきます!」
三人が先生に向かって一礼する。マツノも一呼吸遅れてそれに倣った。
そのまま皆に背を向け、村の外に向かって踏み出していった・・・
・・・Next world is ‘最初の世界’