Sa・Ga2 秘宝伝説 第一章 〜秘宝を求めて〜



「イシスの神殿って・・・こんなに、でかかったのか?!」
 そう、アイリたちは、イシスの神殿に到着したものの、その巨大さと荘厳さに圧倒されてしまっていた。
村にも、祭事を行うための神殿のような建物はあったのだが・・・規模が違い過ぎた。
入り口でぼうっとしていても仕方ない、と意を決して中に入る。
中では、神殿で雑用でもしているのだろう、同じような服装をした者たちが、何やら話し込んでいるようだった。
何気なく耳を傾けてみると、非常に深刻な話をしているようだ。
その中では、しきりに‘アシュラ’という単語が繰り返されていた。
「・・・で、あの基地の目的は、やはり、秘宝とこの神殿だろうか・・・」
「だろうな・・・だが、いかにアシュラといえども、カイ様がいる限り、ここには手が出せまい」
 話を聴いていると、どうやらアシュラは、平和的に接触できそうな者ではなさそうだった。
むしろ、邪悪で性質の悪い悪党に思える。
‘魔王’と自ら名乗っているのだから、当然と言えば当然かもしれない。
もっと話を聴いていようと思い、その場に留まっていると、後ろから「すみません」と声をかけられた。
どうやら、道を塞いでしまっていたらしい。
「ああ、これは失礼した」
 そう言って道を開けると、その人物は、ひどく顔色が悪かった。明らかに病人だ。
「顔色が優れませんが・・・大丈夫ですか?」
 マツノがそう訊ねると、その人物は、不思議そうに首を傾げた。
「ええ、流行り病を患ってまして・・・それで、カイ様に治してもらいに来たんです」
「病気を治す?!」
 一行が驚いた顔をしていると、
「そう。カイ様には、回復の魔力があるのじゃ」
 と声をかけられ、さらに驚いてしまう。
見れば、そこには、老神官といった風情の男が立っていて、
彼が一瞥すると、寄り集まって噂話をしていた者たちは忙しそうに働き始めた。
「さ、どうぞ奥へ」
 と翁が声をかけると、流行り病を患っているという男は奥へ入っていった。
「ところで、お前様がたは、どんな御用ですかな」
 アイリは咄嗟にその表情を見る。
口元は緩く微笑んでいるが、その目は、こちらを鋭く射抜いていた。
「いや、旅の途中に寄っただけだ。ついでだから、秘宝について何か知らないか、尋ねてみようと思っていたところでね」
 アイリがあっけらかんとそう答えると、翁は、一瞬だけ険しい表情を見せたが、
すぐに人の好さそうな老人の顔に戻り、こう告げた。
「秘宝とな・・・ ならば、直接、カイ様に訊ねるのがよろしかろう」
 その言葉に従い奥へ進むと、神殿の祭壇であろうその場所に、神官衣を身に纏った女性が座していた。
その顔立ちは、噂が真実を言い当てていたことがはっきりと判る。
女性は、アイリ達と大差ない・・・せいぜい2、3ばかりしか変わらない、『可愛い』と表現するのが相応しい、
少女と女性の境目を彷徨っている年齢ほどにしか見えなかった。
しかし、それを否定しているのが‘雰囲気’であり、瞳は知性を、表情は威厳を醸し出していた。
翁に対する無礼を渚に諌められておらずとも つい恐縮してしまうのを、アイリは抑えることができない。
一行がゆっくりと歩み寄り、眼前に立ち止まっても、カイは口を開くことはなかった。
こちらが何か話すのを、静かに待っているようだ・・・
「あー、と・・・」
 アイリが、やや間の抜けた口調で何か言おうとした途端、
「傷を治しましょう・・・」
 と遮られてしまった。
狙っているのならともかく、これが素だとするのなら、この会話の間の悪さは一種の才能と思えた。
だが、その会話とはそぐわぬ魔力でもって、アイリたちの傷は僅かな痕跡も残さず消え去っている。
しかし、肝心の会話といえば、それっきり途絶えてしまった・・・
カイがふっと溜め息をつくと、話を促すように椅子のアームをこつこつと叩いた。
その仕草は、先生が授業の際に黒板を叩くのとよく似ていて、一行の間の緊張が緩んでいく。
「んーと、秘宝のことを何か知らないか?」
 否、緊張は抜けきっていなかったようだ。
そのあまりの脈絡の無さに、渚が手で顔を覆って俯いた。が、カイは一行の予想以上に大きな反応を見せていた。
その表情が、一瞬にして険悪なものに変わる・・・
「秘宝を集めてどうするの? まさか、神にでもなる気?」
 その詰問するような口調に気圧され、アイリは爆発しかけた怒りを抑え込まれていた。
戦っても勝てない相手を気取ることは、戦士にとって基礎中の基礎なのだ。
「違います!」
 それを撥ね退けたのは、意外にも深雪だった。
「アイリのお父さんが、行方不明で、それで、秘宝を頼りにお父さんを探していて・・・」
 しかし、深雪の怒気はすぼまってしまったらしく、みるみる声が小さくなり、
最後は蚊が鳴くような声になってしまっていた・・・
「まあ・・・そうだったの・・それは、失礼しました・・・それで、お父様というのはどんな方でしょう?
 この神殿には多くの者が訪れます。その中に居たやもしれません・・・」
 特徴と言われても、いざ説明するには苦労するものがある。
村の者なら微かに残る記憶があるのだが、いかんせん、知らない人間に説明するのは難しい。
「えーと、こんな帽子を被ってて、服装はこんなふうで・・・」
 と、某イ○○ィー・ジョ○○ズ風のいでたちなど、
覚えている限りの特徴を並べ立てていくアイリだが、服装などは変えれば判らなくなってしまう。
「・・・口ひげのある、ちょっとかっこいいおじ様?」
「えっ!! 知ってるのか?!」
 アイリにとって、父と特徴が合致する人物がこの神殿を訪れた、ということに驚いて、
カイが一瞬だけ少女らしい表情に戻ったことには気付いていなかった。
彼女自身も失態に気付いたらしく、すぐに平静を取り繕ったのだが、
人間の数倍以上の情報処理能力のあるマツノにかかっては、無駄な努力だ。
マツノの中に、この威厳のある態度は作られたものではないか、という仮説が浮かんだが、
すぐに、どうでもいいことだと判断して、黙っておくことにした。
「それほど前のことではありません・・・
 突然 ふらっとやって来て、秘宝のことを訊ねると、またふらっといなくなって・・・」
 それだけです、と言って締めくくったカイに、落胆の色を隠しきれず、アイリは話を打ち切った。
「その人が、あなたのお父様かは判りませんが・・・この世界にある秘宝のことをお話しましょう。
 同じ話を、その人にも、語って聞かせました」
「ん? この世界って・・どういうことだ?」
 アイリが当然の疑問を口にした。それについて、カイと渚が同時に口を開いたが、
「なーんだ、そんなことも知らないで秘宝を追ってるの?」
 と、妙に愛らしく、ゆえに小憎らしい声で何者かに遮られてしまう。
声の主は、カイの後ろからひょっこりと姿を現した。
その背丈は、およそカイの半分もない。せいぜい、立っているアイリの膝上程度のものだ。
そんな生き物が、蝶のような、それでいて透き通った羽をひらひらさせて浮かんでいた。
「フェアリーだ・・本物を見たのは初めて・・・」
 深雪が、うっとりした声でそう呟いた。フェアリーと言えば、可憐な外見とは裏腹に、悪戯好きで通っているのだが・・・
ロマンチストな美少女の夢を壊す必要もあるまい、とアイリは思った。
「と・く・べ・つに、教えてあげまSHOW。この世界の他にも多くの世界があって、
 隣は砂漠の世界だし、その隣は巨人族の世界だよ」
 その内容はともかくとしても、いちいち大袈裟に身振りを交え、
ちょこまかと飛び回りながら陽気に喋る様は、鬱陶しいことこの上ない。
これが、下位種であるスプライトのように肩乗りサイズであれば、可愛らしいだけなのだろうが・・・
「それで、この世界の秘宝とは?」
 渚が冷静に話を戻す。大江戸の流れをくむ彼女にとっては、
世界がここだけでないのは当然の事実であって、驚くには値しないのだろう。
「旧き神々の遺跡に、秘宝があると伝えられています・・・
 場所は、南の森。岩山から、東南東の方角におよそ5kmほどの位置だそうです」
 これまでの話の流れを無視する形で、カイは淡々とそう語った。このフェアリーの扱い方を心得ているのだ。
アイリたちも、無視されたことに文句を言っているフェアリーをさらに無視し続け、カイに礼を言うと、神殿を後にした・・・

「あー、東南東に5km・・・どうやって方角なんか測れっつーんだよ?!」
 一行は、神殿を出ると北に向かったのだが、途中の町で集めた情報によると、
『アシュラは女神の像と言われる最高の秘宝を手に入れ、世界を征服しようとしている』
『天の柱が、他の世界への道になっている』
『アシュラの基地のせいで、天の柱には行けなくなった』
『アシュラの基地には、普通の奴は入れない』
ということだった。
そこで、秘宝を探すべく、古き神々の遺跡を目指すことにしたのだが・・・
深い森の中を、一定の方角に5km進むということの苦労を、一行は甘く見過ぎていたのである。
彼女たちは、方角が上手く測れず、同じあたりをぐるぐるとまわっていたのだ。
「マツノ・・・どうにかならんのか」
「・・・空が・・せめて、日が見えればどうにか・・・」
 つまり、どうにもならないということだ。
「役に立つのか立たないのか、わかんねーな・・・」
 何よりも、同じような景色の連続による、精神的な疲労が激しかった。
アイリの悪態も底を尽き、渚の諌める声も、いつものハスキーなトーンではなくなっている。
「何か手はないのか・・・?」
 何度も繰り返された会話であり、今更いい考えが浮かぶとは思えなかったが、
どうせ歩き回っても無意味なら、腰を落ち付けて対策を練ろうと判断した。
「あー、この森が秘宝を守ってきたのかねー」
 その問いかけに答える者はいなかった。
マツノは、どうにか現在位置を把握しようと、しきりにデータをいじっているし、
渚といえば、深雪の髪を編み直しているようだ。
深雪自身は、自分では直そうとせず、目を瞑って気持ち良さそうにしている。
甘えているのかと思ったが、そうではなく、顔色が優れておらず、疲労が色濃く表れていた。
いくら編んだとしても、柔らかくウェーブのかかった長い髪は、冒険にはいかにも不向きだ。
「秘宝探しと言っても、楽ではないのね。さすが、誰もが追い求めているのに、見つかっていないだけあるわ・・・」
 マツノの、現在位置を把握する、という試みは失敗に終わったようだ。
自分たちがどちらの方角を向いているか、すら判らないのでは、無理があるというものだろう。
「父さんは、よくこんなものを見つけたもんだ・・・」
 アイリは鏡を取り出し、それを見詰めていた。彼女は、常に、これを肌身離さず身に着けているのだ。
幼い頃の約束は、今もって守られ続けていた。
「そう言や、コイツには近くに秘宝があるか映し出してくれる力があるとか言ってたな。
 何も映ってないけど・・・この辺りに、秘宝はないのかよ?」
 鏡は、ウンともスンとも言わず、ただ、アイリの顔と、後ろの景色を映している。
ふと、そこに、何かの影が映っているように見えた。岩山のように見えたが、そうではない。
「マツノ!これ、何に見える?」
 マツノは、アイリの横から鏡を覗きこんで、その影を凝視した。
「これは・・・建造物の屋根か何かじゃないかしら?」
 この辺りにある建造物など、古き神々の遺跡しか思い浮かばなかった。
「後ろか・・・」
 アイリがそちらの方向を向くと、不思議なことに、アイリの顔は鏡に映っていなかった。
そう、秘宝‘精霊の鏡’は、今まさにその力を発揮していたのだ。
「こんな力があったのか!
 秘宝が近くにない時は、普通の鏡なんだな・・・それで、全然、気付かなかったんだ」
 ともかく、進むべき方向は見えた。あとは、少し休んでから出発するだけだった。


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