Sa・Ga2 秘宝伝説 第一章 〜秘宝を求めて〜


「ふー」
 アイリが、満足げに息を吐きながら レイピアを鞘に収める。
「先生。どうだった?」
「ウム 合格点だな。二人とも順応が早い。もう、大分戦闘にも慣れてきたようだが・・油断はするなよ!」
「さて、もう少しで出口のはずだ。先を急ごう」
 二人にも大した疲労はなく、すぐに出発できるよう準備もしていた。
そこからは、時折コウモリが羽音を立てたりする程度で、道も比較的平坦になっていて、
順調に出口へ向かっているという確信があった。
前方が少しずつ明るくなり、湿気もなくなってきている。外の世界に、着実に近付いていた。
「あれ、また何か落ちてるぜ」
 慎重に拾い上げてみると、それは金鎚か何かに見えた。しかし、それにしては大きい。どうやら戦闘用のようだ。
長さだけを見れば片手用のものなのだが、ずしりとした重量感があり、アイリでは両手で構えるのがやっとだ。
すぐ側には 小型の弓が落ちており、矢もそこかしこに散らばっていた。
「ふーむ、盾といいこれらといい、何者かが捨てていったと考えて良さそうだな」
「なんつーか、廃品回収みたいだな・・まあ、有効に使うとすっか」
 いつの間にか、深雪が弓矢を拾い集めて弦の張り具合を確かめている。
「深雪、弓を使えるのか?」
 渚の質問に、頷くだけで返答する深雪。村の外に出てから、彼女が自主的に口を開くのを見たことがない。
アイリは、いい加減、その無口ぶりに呆れかえっていた。これは長期戦になりそうだ、と思う。
そんなことを考えながら大きく溜め息をつくと、出発を促しつつ、先に立って歩き出した。
「先ほどの盾と比べて、傷み具合が違いすぎる気がするのですが・・・」
 ・・・そんなマツノの呟きは、誰の耳にも届かなかったようだ・・・

天井が高くなってきた。
ここは、岩山をくり貫いたような作りの洞窟なのだが、一部が中空になっているらしく、
極めて特殊な地形だという話で、もちろん、そんな講義をしているのは先生である。
本当に課外授業を受けているようで、アイリなどは、苦笑いしながら話を聞き流していた。
「おっ、光が差してきたぜ・・・ って、何だありゃ?」
 アイリが驚くのも無理はなかった。
大きな嘴と翼を持つ、鳥でない生き物。
翼は どちらかと言えばコウモリに似ていて、魔獣ドラゴンともまた違っていた。
・・・そんな生き物が、出口に立ちはだかるようにして鎮座していたのだ。
「・・・話ができそうな生物には見えんな。丁重にお出迎えされるとは思うが、強引に通るしかなさそうだ」
 そんなことを さらっと言ってのけると、腰の刀を抜き放つ。
他の者も同様に武器を構え、ゆっくりとそれに近寄った。
「・・・あれは翼竜という生物だな。ラムフォリンクスという、種としては比較的小型な部類に入る」
 さすが先生と言うべきか、博識である。
「・・・あれで小型かよ」
 確かに、ラムフォリンクスは、目測2.5mといったところで、人間サイズのアイリたちからすれば十二分に巨躯だ。
一行の存在に気付いたのか、翼竜はのっそりと起き上がると 首をもたげた。
しかし、アイリたちを確認した途端、その巨体からは想像もつかないほどの俊敏さで天井まで飛び上がった!
「その秘宝をよこせ! おれは神になるんだ!」
「!! ・・・なにっ?!」
 翼竜は、はっきりとした肉声で『その秘宝をよこせ』と言った。
もちろん、アイリが目に見える位置に‘精霊の鏡’を着けているはずがない。
ではなぜ、彼女が秘宝を持っていることを知っているのだろうか?
だが、悲しいかなアイリの疑問は別の部分にあった。
「センセー! 翼竜って喋れるのかよ?!」
「そんなはずはないぞ。 もちろん、伝説に登場するような上位種ならあるかもしれんが・・・」
 そうは見えない、と先生は続けた。
「ちっくしょー、下りてきやがれ!」
 そう、天井が高くなっていることが災いし、翼竜は武器の届かない位置まで飛び上がっているのだ。
マツノが一発だけ発砲したのだが、いかんせん小銃では飛距離もなく、当たってもダメージは期待できそうにない。
深雪も弓を構えてはいるが、困ったような表情でゆらゆらと狙いを変えるのみだ。
やがて、落下とも言える速度で急降下してきたかと思うと、その鋭い嘴をアイリ目掛けて突き出してきた!
「ひえーっ! こんなもん直撃したら『そくし』だってーの!」
 かろうじて身をかわすと、翼竜の巨体がアイリにぶつかってくる。
身体にダメージこそないものの、大きくよろめいて体勢を崩してしまった。
「先生!魔法でなんとか・・・ って、先生?!」
 見れば、先生は、四人の後ろに下がって傍観を決め込んでいた。
「何をしている、アイリ! 戦いの最中に余所見をする戦士がいるか!」
 そんな叱咤まで飛ばされてしまった。
こういう時ほど何とかしてもらいたいというのに、突然授業モードに入ってしまった先生に困惑する四人。
「自分たちで乗り越えろということか・・・」
 渚がポツリと呟く。
だが、頭上からの嘴攻撃に加え、銃と弓を向けた途端に飛び上がってしまう狡猾ぶりに、
パーティーはほとほと手を焼いていた。
このままでは、無駄に体力を消耗させられてしまう。
現実問題として、徐々に二人の動きが鈍り始め、多くの攻撃にさらされているアイリは小さな傷を負い始めた。
「ちくしょー、逃げるなー!」
「アイリ、盾はどうした?! もっと有効に使え!」
「うるさい!! オレにはオレの考えがある!」
 そう言い返しておきながら、実際には何も考えてはいなかった。
言われてようやく、何か策はないかと必死に頭を働かせる。
「マツノ、なんか思い付かないのか?!」
「このサブマシンガンを使えば一撃でどうにかできるかもしれませんが・・・ 射程距離が短いのが難点で」
 つまり、奴を地面に引き摺り下ろす役には立たないということだ。
と、その時、『盾を有効に使え』という言葉に引っかかりを感じた。あともう一つ、何かヒントが・・・
あった。
『ここ一番で一撃だけ・・・』
天啓の様に閃いたこの考えだが、これを実行するには、仲間との完璧な連携が必要になる。
もう一つ気がかりなのは、『喋れるということは、ヤツは こちらの言葉を理解できるのではないか?』ということだ。
まさに一発勝負、知られたら100%失敗する‘賭け’なのだ。
「渚!」
 どこかで聴いたことのある声が響いた。
「合図するから、その時に攻撃して!」
 深雪だ。村にいたころを含めても、初めて彼女が自分から何か喋ったのを聞いたような気がする。
もちろん、アイリと深雪の関わりが深くない、というだけのことだろうが・・・
アイリは、深雪のこの行動に賭けた。これで失敗したら後がない。
深雪の無口さも ますます酷くなるだろう。彼女は、どう見ても『失敗の原因は全て自分にある』と思いこむタイプだ。
だから、とにかく、待った。翼竜が仕掛けてくるのを。
そして、その時が来た。
いつも通り嘴を下に向け、急降下してくる翼竜。ギリギリのタイミングで、盾を構えるアイリ!
「そういうのを、馬鹿の一つ覚えって言うんだよ!」
 高らかな勝利宣言と翼竜の悲鳴が同時に響く!
『騎士の突進に対抗するためにパイクは作られ・・・』
『盾はどうした?! もっと有効に使え』
『ここ一番で一撃だけ防ごうと決めた・・・』
いつか聞いた授業。
壊れた盾は、二つに割れて地面に転がり。
勢い余った嘴は、アイリの脇腹の肉を僅かに削ぎ落とした。
だが、迎え撃つために刃を立てられたレイピアは、狙い通りに翼竜の翼の皮膜を貫き通していた!
『今!』
 そう告げる深雪の合図と、彼女自身の戦士としての直感が同時にそう叫ぶ。迷いのない渚の動きは速い。
アイリがレイピアを横に薙ぎ払うのと、渚の振り下ろした刀がもう片方の翼を切り落としたのは、ほぼ同時だった。
三人は、次に自分がやるべきことを瞬時に理解していた。
アイリがレイピアを手放して横に転がり、渚が素早くバックステップでその場を離れる。
次の瞬間、マツノは機関銃のトリガーを最大限引き絞った!
ガガガガガガ!
というオートマチックでマガジンから弾を吐き出す音と、たち込める硝煙の匂い。
まさに穴だらけの蜂の巣となって、ラムフォリンクスは倒れた・・・

「うわーっ、勝ったよ! やったじゃんオレ!」
 ドサッ、と音を立てて翼竜が倒れたのを見届けると、アイリは傷の痛みも忘れて小躍りした。
「ふう・・・ よくもまあ あんな無茶を思い付くものだ・・・」
 そう言いながらもポーションを取り出しアイリに差し出すあたりが、彼女の優等生たる由縁なのだろう。
「お サンキュー」
 それを受け取ると、消毒もせずに、液状の薬を身体に塗り始めた。
「皆、よくやった。一時はどうなることかとヒヤヒヤしたが・・・最後の連携は見事だったぞ。
 今の呼吸とチームワークを忘れるな」
「ハイ!」
 大きな戦いを乗り越え、ほっと一息入れる一行。
傷の治療もだいたい終わり、先生も含めて全員の気が緩んだその時、その出来事は起こった。
「グアーーーッ!」
 という咆哮とともに、蜂の巣になって死んだはずのラムフォリンクスが起き上がったのだ!
突然のことに、背を向けていたアイリはもちろん、渚も、先生も、完璧な処理能力を誇るマツノすらも動けなかった。
咆哮にハッとして そちらを向いた時には、すでに、
十分に凶器足り得る嘴が、手近な位置にいた アイリ目掛けて振り下ろされようとしていた!
しかし、誰も、露ほどにも思っていなかっただろう。
魔法にすら準備動作が必要な中で、一切の動作も必要なく 自らの能力を行使できる者がいるなどとは。
アイリにだけは、チラッと見えた。一瞬の青い光・・・
刹那、ラムフォリンクスの体が 突如として燃え上がったのだ!
もちろん、ファイアの魔法ではない。
‘ファイア’とは、超高熱の火の玉を相手に投げ付ける魔法であって、いきなり相手が燃え上がることはない。
一同は、翼竜が 勝手に燃え上がって焼け焦げていくのを、ただ呆然として見ているしかなかった。
「・・・なんだったんだ、今のは?」
 やはり、ショックから抜け出すのが早かったのはアイリ、そしてマツノだった。
長い沈黙があった。二種類の沈黙だ。
当然、何が起きたか説明できない沈黙と、口を重く閉ざした故の沈黙と。
ややあって、渚が重い口を開いた。
「・・・パイロキネシス。発火現象というやつだ。 これが、ESPという力のひとつだよ」
 ・・・ESP。
となれば、当然、あれは深雪がやったものということになる。
相手の体が突然燃え上がって、やがて焼け死ぬ。
それ自体の恐怖と、それを、ある程度自由に行使できる人間が存在していることに、アイリは身震いを隠せなかった。
もちろん、それは深雪の目にもはっきりと映った。
・・・が、立ち直りが早いのはアイリの長所のひとつだった。
「たはー。 深雪って、ケアルと治療が主な役目だと思ってたけど、こんなこともできるのかー」
 青くなって震えたのが見間違いだったかのように、明るい笑顔で深雪を褒めちぎっていくアイリ。
次第に それは冗談混じりの叱責に変わり、そんなんがあるんだったら出し惜しみしないでよー、などと言い出す始末。
・・・調子に乗りやすいのは アイリの欠点のひとつだった・・・

「んー、やっぱ外の空気は最高だな」
 洞窟の中にいた時間など大したことはないのだが、それでも精一杯伸びをして身体をほぐす。
アイリのような人間にとって、この程度の規模の洞窟では、活動範囲としては狭すぎるのかもしれない。
「おっ、すぐそこに町が見えるぜ。早く行こう!」
 その声に意気揚々として外に出る一行。
だが、一人だけは、洞窟の出口から離れようとはしなかった。
「先生、どうしたんですか? 早く行きましょう」
「・・・・・ アイリよ、ここまでだ。私は村を守らねばならない」
「あ・・・」
 確かに、村だってモンスターやジャガーに襲われることは多々ある。
渚もアイリもいなくなる以上、渚の父と先生の二人を頼るしかないのだ。
先生の生徒たちにも戦える者はいるが、アイリに歯が立たないようでは戦力になるかは甚だ疑問だ。
だからこそ、困難を自力で乗り越えさせようと、翼竜との戦いも傍観に徹していたのだろう。
「アイリよ 頑張るんだぞ。 皆、アイリを頼んだぞ」
 一同がゆっくりと頷くのを確認すると 先生は柔らかく微笑み、一人皆に背を向け、洞窟へと戻っていった。
「先生 ありがとう!」
 アイリはその背に向かってそう呼びかけると、皆に出発を促し、いつものように先頭に立って歩き出した・・・
「町ってのは、どんなところなのかなー」
「規模は違うだろうが、村と大差あるまい」
「夢がない奴だ」
 相変わらず騒がしい二人に、対称的に無言な二人。
四人の本当の意味での旅が、今、始まった・・・


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